31 Dec 2020

Takaki NAKAMURA, Executive Director, Partnership Group, Vertex Holdings

【図解】テマセク傘下のVCファンドが解説する、 東南アジアのVC/スタートアップエコシステムの「今」

Innovation Ecosystem

1.  はじめに

Grab、Shopee、PropertyGuru、Carousell、Anywheel。シンガポール(SG)で生活をされている読者の皆様の中には、これらのアプリを使った経験がある方も多いのではないだろうか。これらは全て、(今や巨大化した企業も含むが)SGのスタートアップ企業である。SG企業に限らなければ、Zoom、Netflix、WhatsApp、Slack等、今や私たちの生活やビジネスにおいて、スタートアップが起こすイノベーションの重要性は見逃せないものとなった。日本では特にDigital Transformation(DX)やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)設立の潮流もあり、スタートアップエコシステムへの注目度は非常に高まっている。

本稿では、そのエコシステムを下支える影の役者であり、筆者自身も身を置くベンチャーキャピタル(VC)業界に焦点を当てたい。普段メディアであまり取上げられることのないVCビジネスの実態、東南アジア(SEA)における投資動向、注目トレンド、業界の課題等について、中の人間の視点から概説をさせて頂く。本稿が読者の業界・地域理解の一助となることを願っている。

2.  VCビジネスの仕組み

はじめにVCビジネスの仕組みについて、簡単に触れておく。VCには大きく3種類の登場人物がいる。一つがジェネラル・パートナー(GP)と呼ばれる投資ファンドを運用する主体、次にリミテッド・パートナー(LP)と呼ばれる投資活動の原資を提供する主体。最後にファンドから投資を受ける主体のスタートアップだ。GPはLPから資金を集め、スタートアップを選定、投資・実行し、経営支援を行う。そして投資先から配当が出る、或いは売却(Exit)した場合に得られた投資成果をLPに分配する。

図表1:ファンドの仕組み

Img

一口にスタートアップと言っても、創業間もないステージから、顧客を安定的に獲得できているステージ、IPO可能なステージまで様々で、ステージに応じて必要な資金調達額や経営支援内容は大きく異なる。その為、通常VCは自身の主戦場を定め、それに応じてファンド自身の組織作りや、LPから調達する金額規模感を変えている。

3.  東南アジアのVC/スタートアップ市場

VC業界の成熟度合いはスタートエコシステムのそれと基本的に連動していると考えてよい。GenomeのGlobal Startup Ecosystem Rankingを見ると、Top30でランクインしているSEAの都市はSGのみであり、SEA地域は全体的に発展途上といって差し支えない。

図表2:Global Startup Ecosystem Ranking

Img*ソース:Startup Genome-The Global Startup Ecosystem Report GSER 2020

但し、発展のスピードは速い。足元で急速にVC投資額が伸びており、かつSG外(特にインドネシア)での投資が増加していることが見てとれる(GojekやTokopedia等の消費者向けサービスを提供するユニコーン企業が寄与)。

図表3:SEAのVC投資額の推移(2010-2020)Img*ソース:Pitchbook、2020年データは2月時点

そして、SEAは今後も継続的な成長が見込める非常に有望な市場である。


理由(1)力強い成長を見せる人口と経済

SEAの人口は足元で6億6千万人を数え、世界全体の人口の約9%を占める。また消費に旺盛で労働の担い手となる若年人口が中心の経済である(平均年齢27歳)。それに下支えられ、過去5年間はGDP成長率5%のラインを維持してきた(世界平均のそれを2%程度上回る)。コロナ禍によって減速がみられるとは言え、今後も世界の他地域に比してハイペースで成長していく点はまず間違いがない。


理由(2)コネクティビティ

多くのスタートアップにとっては、基礎的なインフラたるインターネット・スマホの普及は事業展開の重要な前提条件となるが、その面でSEAは世界で最もモバイルインターネットに浸かった人々を擁する経済圏だ。Google, Temasek, Bain & Company e-Conomy SEA 2019 Reportによると、凄まじい勢いのインターネットの普及により、現在では3億6千万人、人口全体の5割がインターネットユーザーになるまでに急成長した(ミレニアル世代に限定すれば、9割近く)。それを受け、足元のSEAのインターネット経済の市場規模は10兆円程度と言われている。しかし、これはあくまでも都市部に居住する人々のハナシである。今後、地方に住む人々・非ミレニアル世代にもインターネットが広がっていくことが想定されるため、インターネット経済の市場規模は10兆円から、25年には30兆円にまで成長すると見られている。また、別のリサーチによると、SEA地域のミレニアル世代と米国・ドイツ・フランスの同世代で1日の平均インターネット使用時間を比較したところ、前者は8.1時間、後者が5.1時間だった。インターネットを「使っている」のではなく「浸かっている」という表現の方がしっくりくるかもしれない。


理由(3)構造的な社会課題

一方で、様々な社会課題が存在し、(SGを除いて)政府や大企業にそれらを解決するだけのケイパビリティとスピード感は備わっていない。それゆえ、解決する主体としてスタートアップが勃興してきたのである。例えば銀行サービスを満足に受けることのできない中小企業/個人の問題、物流網・流通網の複雑化・寸断によりいつ何が届くのか見えない問題、交通渋滞や治安の問題等、課題の枚挙に暇がない。

上述したようなファンダメンタルな社会環境はすぐに変わるものではない。これが、SEAのスタートアップエコシステムが継続的に成長していくと見ている理由である。

4.  注目の投資トレンド

次に、どのような投資のトレンドがあるのかを見ていく。上述した社会課題を色濃く反映する形で、フィンテック、Ecommerce、ロジスティクス等のセクターがいわゆるHotなセクターであろう。VCによって多少濃淡はあるが、これらのセクターにフォーカスすると表明しているVCは多い。

図表4:直近1年間で最も投資を集めたセクター(SEA、2020年6月時点)

Img*ソース:TRACXN TOP BUSINESS MODELS REPORT “SOUTHEAST ASIA TECH”, June 12, 2020

当社ではこれらのセクターに当然のことながら投資しているが、やや異なる角度から2つの重要な投資戦略を定めている。


Consumption upgrading

一つ目は「消費者の体験をアップグレード」するタイプのサービスである。例えばNiumは国際送金を安価かつ簡単に行えるプラットフォームを構築し、そのモバイルアプリを通じて、出稼ぎ労働者が母国の家族に送金する体験をアップグレードしている。また、Amaze cardと呼ばれるトラベルカードをVISAと共同開発し、旅行者・出張者が現地通貨への両替に係る負担を一掃した体験を提供している。人はNiumをフィンテックに分類するが、それはある意味では一面的な見方かもしれない。金融に留まらず、「消費者の購買・生活体験をよりよく変える為のプラットフォーム」と捉えるのがより本質的と考えている。


Empowering SMEs

2つ目は「(経済を下支えする)中小・零細企業(SME)の抱えるビジネス課題を解決」するサービスだ。SEAの経済はSMEで回っている。しかし、多くのSMEは、テクノロジーに投資するだけの企業体力に欠けている為、安い人件費を活用して人の手でオペレーションを回している。それらSMEのデジタル化をサポートするソリューションは潜在的な市場規模が大きく、注目に値する。例えばマレーシア発のStoreHub社は域内の小売店舗や飲食店向けに、包括的な店舗マネジメントプラットフォームをSaaSモデルで安く提供し、事業をテクノロジーの力でスケールアップさせるお手伝いをしている。

従来型の金融機関から融資を受けることができないSMEも数多く存在する。SEA各国で多少の差はあれど、殆どの国で、民間金融機関によるSME向け融資では担保付きのみを取り扱う為、担保となる固定資産を保有していないSMEは融資を受けられず、これが成長の阻害要因となっている。SG発のValidusはそうしたSMEを助ける為に機械学習とビッグデータアナリティクス技術を活用したPeer-to-Peerレンディングプラットフォームを開発したスタートアップで、シンガポール、インドネシア、ベトナムを含む複数の国でSMEの成長と雇用の後押しを行っている。


Tokopediaモデルか、Shopeeモデルか

SEAのスタートアップ投資におけるもう一つの重要な視点が事業モデルに関する考え方である。TokopediaとShopeeは、いずれもSEAのE-Commerceの代表格だが、読者の皆様はこの2社の違いが判るだろうか。実は、Tokopediaが一国(インドネシア)集中モデルなのに対し、Shopeeは多国展開モデルを採用している。


図表5:Tokopedia vs Shopee

Img*ソース:iprice group “Year-End Report on Southeast Asia's Map of E-commerce”

SEAはインドネシアを除き、1カ国あたりの人口は多い国で精々1億人であり、それぞれの市場規模はたかが知れている。また、国により言語や市場特性が異なる為、多国展開には相応のローカライゼーションと時間が求められる。従って、(Tokopediaのような一部の事例を除き)、スタートアップとして当地域を基盤に大きく成長する為には、初期段階で多国展開を見据えて準備をしていく、つまりShopeeモデルを採っていることが一つのポイントとなると考えている。当社においても、これは投資先候補と話す際の一つのチェックポイントとなっている。

5.  注目のエコシステム

一方で、いきなり多国展開をできるスタートアップは限られており、国単位で注目すべきエコシステムはどこかという視点も重要である。当社においては、SEAの中でもインドネシアとベトナムの2カ国を注目国として捉えている。

インドネシア

インドネシアは今さら語る必要もないほど、そのスタートアップエコシステムとしての有望性は説明されている。世界4位の人口2.7億人を擁し、インターネット普及率は7割近くと高水準ながら成長余地を残す。その巨大市場と成長性がある一方で、上述した中小企業の問題や、細分化・断絶した物流網・サプライチェーン、50%を下回る銀行口座保有率等の社会課題に事欠かず、それらを背景として、多数のユニコーン企業を輩出してきた。当社含め、数多くのVCが同国に拠点を持って活動を行っている。。

図表6:Vertex Ventures SEA&India インドネシアポートフォリオ(2020年に投資を実行したスタートアップの一例)

Img


ベトナム

同国のVC投資は安定した経済成長とインターネットやモバイルの民主化に支えられ、SEA地域で最も急速に成長している。これらのマクロトレンドに加え、ベトナム人の起業家精神も注目に値する。ベトナム人起業家の多くは海外経験を持つReturning Vietnamese(通称、Việt kiều)であり、自分たちのビジネスを立ち上げて地域社会に貢献したいという夢を持っている。極めてハングリー精神旺盛な第2~3世代の起業家に出会うことができるエコシステムなのである。更に、コスト競争力のあるIT技術者が多数輩出される点も、この国の差別化要素となっている。多くのSEA企業やマルチナショナルのハイテク企業がベトナムに技術開発チームを設置しているが、これは同国エコシステムの技術力の証であろう。

5.  SEA VC業界の課題

最後にSEAのVC市場の特徴と課題について触れて本寄稿を締めさせて頂きたい。


未成熟のIPO市場

冒頭に触れた通り、VCはExitによって成功裏に投資を回収するまでは収益を実現させられない。そして、LPにしっかりと還元し続けしなければ次の資金調達ができない。その為、Exitオプションがどの程度あるかということは事業の成否に大きく影響する。その意味で、SEAはまだまだ未成熟な市場だ。Exitは殆どが依然としてM&Aであり、IPOによるExitは全体の3%にも満たない。

図表7: SEAのExit内訳(2015-2020)

Img*ソース:TRACXN GEO EIT ANALYSIS-SEA-July 2020、2020年データは7月時点

アーリーステージVCの場合、ミッド・レイターVCに次のラウンドで持ち分を売却して収益化するオプションもあるが、ミッド・レイターVCにとっては、IPOオプションが実質的に存在しないということはExitをM&Aのみに頼ることを意味している為、実務上のハードルが高くなる。このことが、ミッド・レイタ―VCの裾野の広がりを間接的に阻害していると言われている。


経験豊かなVCの不足

そのような背景もあり、まだ地域全体として、(特にミッド・レイターを中心に)VC層の厚みがない。図表8に見てとれる通り、圧倒的にシード・アーリーステージが多いことがわかる。

図表8:SEA VC Landscape

Img*ソース:TRACXN、MAP OF THE MONEY、各種Corporate website等を基に、Vertex Holdings作成

また、この中で、10年運営を継続しているファンドは実は2割程度に過ぎない。通常、ファンドは10年間運営する為、ファンドを組成して成功裏に閉じるところまで経験したVCが少ないということを意味している。

Vertex Ventures SEA & India Managing PartnerのJoo Hock CHUAは、経験不足のVCにありがちなアプローチとして、「セクター思考」を指摘する。これはフィンテックやヘルスケア等の特定の投資が集まっているセクターを決めて、当該セクターの中で最も筋の良さそうなスタートアップを選んで投資するやり方だ。しかし、このアプローチはバリュエーション(価値評価額)との戦いに参戦することを意味する。経験あるVCはセクターやバリュエーションでは無く、「普遍的な問題」を見定める。どのような「Deal」をできたかではなく、どのような「事業」を支援し、結果としてどのような問題を解決できているか、を重要視する考え方だ。切った貼ったでどれくらい儲けた損したでは無く、長期志向で、問題起点での厳選投資を行い、その成長にコミットすることが、最終的には最高のスタートアップを輩出し、VCとしての高い価値提供と、強いエコシステムの構築に寄与していくからである。

SEAのVC/スタートアップ業界が真の意味で骨太に成長していく為には、各ステージにVC層の厚みが出てくること(調達/Exitが安定化すること)、そして、VC自身がセクター思考から課題思考へとマインドセットを変えていくことがキーポイントとなるであろう。


本コンテンツはシンガポール日本商工会議所月報12号掲載の寄稿内容を引用し、作成しております。



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